wiprog

C# とか,数学とか,社会とか.

数学科で社会人学生になって半年たった

今年の4月に東京理科大学理学部第二部(夜間部)数学科に入学してもうすぐ半年経つ(「半年たった」は正確ではない)ので,これまでのことを振り返って書きなぐってみようと思う.この半年ほんとうに色々なことがあったので,まとまりのない大変な長文になると思う. 「数学科ではいったい何を勉強しているのか」というのもよく聞かれることではあるが,あまりに長くなるのでそれについてはまた別に記事を書こうと思う.

入学当初の動機

入学当初の動機は,社会人学生という非常に厳しい道を選択するにしてはとてもぼんやりしていたと思う.たぶんほかの社会人学生はみんな数学が大好き,とか,統計やりたい,とか,そういうしっかりした動機をもって,ちゃんと準備をして入試を受けて入っているのだと思うが,私はそうではなかった.

私の入学の動機は,

  • 学部で夜間に理学の勉強ができる大学は理科大しかなかった
  • 仕事をしているうちに,関数型プログラミングとか,圏論とか,高度な数学に関連することに興味がでてきた
    • 数学の本を買ったけど何を言っているのかひとつもわからずとても悔しかった
  • 高専卒で大学に行っていない,という学歴がコンプレックス
  • 大学で教養を含めて,なんの分野でも良いからしっかり勉強をしてみたい
  • 一度でいいから「大学生」と名乗ってみたい

というような感じで,どうしても数学科じゃないといけないとか,そんな感じではなかった. ただ,物理とか化学なんかは正直ちゃんと勉強したことがないし,文系の分野に至っては高卒程度の知識もない. 現実的な選択肢の中で一番やっていけそうなのが数学科だった,というだけの話である(化学については毒とか薬について調べるのが大好きなので,少し可能性はあったかもしれない).

最後に決め手となったのは,理科大の公式サイトを見ていたときに見覚えのある名前が載っていたことだ. 入学してから2回しかお目にかかっていないが,数学科の主任の佐古先生は私の高専時代の数学の先生であった(当時あまり授業を真面目に聞いていなかったので,あまり授業の記憶はない). 最終的にはたったこれだけのことに運命的なものを感じて受験を決断するわけだけれども,今となっては本当に怖いことをしたものだと思う. 勢いで願書を出して,数週間で高専の数学をざっと復習して,面接も勢いでいろいろしゃべっていたら合格していた.

4月: 入学式も授業も中止になった

それでも合格後は数学科の先輩方が書いている文章を読んだりして,高専の数学の復習をしながら,授業はまだかまだかと楽しみにしていた.会社にも合格の報告をし,まあタスクの調整とかうまいことやってくれれば良いよ,頑張って,とあっさり認めてもらい,大学生になる準備は万全であった.そこでコロナである.4月は大学側も学生側もみんな混乱していて,結局4月は大学生らしいことをなにもせずにふつうの会社員として過ごした.

課題の山に溺れた春

5月になって,基本的にすべての授業をオンラインで行うこととなった.開始が遅れた分をどうするかというと,祝日や夏休みを減らして授業回数を確保するということになったようだ. 授業の形態としては

  • LaTeX で組版された PDF だけがアップロードされる講義
  • 毎回授業の動画がアップロードされる講義
  • 気まぐれでたまに zoom での同期授業をおこなう講義

というようにさまざまであったが,一つ共通していたのは「毎週課題が出される」という点であった.全部の科目で,毎週,そこそこの量の課題が出されるのである.もちろん提出期限はまちまちである.この課題をうまくマネジメントして,全部消化する,消化するには授業の内容をきちんと理解する必要がある,ということで膨大な時間が必要になった.

働きながらではとても時間が足りない,そう思った.しかも数学は課題だけこなしていればできるようになるものではない.大量の自習が必要である.もう課題の山に溺れて息ができなかった.こうしていくつかの(関門科目以外の)単位を落とすことになるのである.

自分と深く向き合った夏

何週間か経って,何かがおかしい,そう思いはじめた.同級生はみんなちゃんと課題を出しているみたいだ.社会人もいるし,現役で入った学生だってまさか一日中机に向かっている真面目な学生ばかりではないだろう.でも自分だけが明らかに落ちこぼれているのである.よく考えると昔から,「期限までになにかをやる」「タスクに優先順位をつけて,順序よくとりかかる」なんてことはできた試しがない.これはアレだ,なにか病的な原因があるんじゃないか.そう思って,持病の抑うつ症状が悪化していたこともあり,産業医の先生の紹介で精神科に通うようになった.

精神科では症状からしてうつではなく ADHD の症状であるとのことで,ほんとうにいろいろな検査を時間をかけて行った.いままで通っていた心療内科とは規模が違い,先生もベテランの精神科の臨床医で,心理士さんも多数在籍しており,デイケアなどにも力を入れている病院だった.日常生活や仕事,服薬に関するアドバイスや,自立支援制度の適用など,どれをとってもとても素早く良い対応をとっていただいている.

自分でも ADHD についていろいろと調べて,「ADHD を治す」のではなく,特性をうまく把握して付き合っていくことが大切であること,環境によってストレスを受けやすく,2次障害としてうつなどを発症することが多いことを知った.いままでの失敗などを振り返って,自分の得意なことと苦手なことをよく考えるようにしたが,他人と比べてなにが正常なのか,というのはよくわからなかった.

そこで役に立ったのが, WAIS-Ⅲという知能検査である.これはいわゆる IQ 検査というものであるが,ネットでお遊びで受けられるものとは大きく違う.まず検査項目がものすごく多い.ネットで受けられるものは WAIS-Ⅲ の 14 の下位検査項目のうちたった1項目だけである. ADHD の疑いがある者に対してこの検査を行う場合,単純な IQ (全検査IQ)ではなく,各検査項目の数値をみる.極端に項目間の差が大きかったりすると,そのアンバランスな部分によって困難が起きやすい.私の検査結果をみると,言語的な情報の理解や表現(言語理解),耳から得た情報の処理(作動記憶)の得点は平均よりも有意に高いが,実際に手を動かして行う作業などはあまり良い得点でなかった.とくに,計画を立てて問題を解決する力を見る「積み木」や柔軟で臨機応変な思考力をみる「組み合わせ」,素早い単純作業が求められる「記号」は平均以下の得点であった.

この検査結果は,普段から困難に感じていたことにも見事に合致した.普段から,

  • 計画をたてられない
  • 作業時間の見積もりが下手(すぐ終わると思っていたものが,作業が遅く終わらない)
  • イレギュラーな対応の困難さ
  • 単純作業の遅さ

には本当に困っていたので,これらを脳の特性として把握できたのは方針を決める上でも非常に役に立った. それ以外にも,

  • 忘れ物が多い
  • 先延ばしにする
  • 注意散漫である

というような ADHD の特性に当てはまることが多く,最終的には ADHD との診断書も出た.

ここで,自分の特性をまず正確に把握し,病院のスタッフさんと一緒に対策を考えていくという体制ができあがった.自分でもいろいろと工夫をして,勤務形態や時間配分も見直し,課題の遅れや受講の遅れはどんどん解消されていった.

後期が始まった現在

前期は上記のとおりボロボロであったが,これまでの失敗の根本的な原因を探り,対策を打つ,ということが確実にできているため,後期は希望をもって迎えることができた.病気のせいにして良いことと,ただ怠けているだけのことの区別もつくようになってきている.前者ならば病院で相談すれば良いし,後者ならばただ頑張れば良い.今週から本格的に後期の授業が始まり,前期の分の試験もいくつかあったが,いまのところ遅れも感じていないし,むしろこれまでの人生で一番きちんと勉強できている感じがする.試験の手応えや前期の成績からいっても,進級についてもとくに心配はしていない.前期の反省を生かして,真面目にコツコツやっていこうと思う.

今後に向けて

先日長期履修制度の申請のために,大量のシラバスを読みながら卒業までの受講科目を決定し,履修計画を立てたのであるが,シラバスを読むうちに代数学,数論,離散数学といった分野に興味をもち,そういった分野を中心に履修することにした.将来に学ぶ内容を考えたことで余計にモチベーションが高まったように思う.また,大学院への進学も視野に入れており,その選択肢にも少しずつ近づけていると思う.主治医にも「知能は高いので,努力すれば数学の研究者になるという選択肢も十分にあり,会社員のままでいるよりも環境的には合っているかもしれない」と言われているので,いろいろと検討しているところである. 将来どんな研究をするか,どこで暮らすか,どうやって生計を立てるか,わからないことだらけであるが,いまは全力で地道に数学の勉強を続けて将来の道をひらこうと思う.

東京理科大の学科 teams をすばやくつくる

背景

大学のキャンパス閉鎖で登校ができないなか,新入生は twitter や LINE 等のツールでつながり,助け合うことでなんとか乗り切ろうとしています. ただし twitter は SNS であり,グループでのコミュニケーションに向かないこと, LINE グループはプライベートなアカウントを 1 件ずつ招待する必要があり,すでにメンバーとなっている学生に接触できた学生のみが参加でき,オープンでないこと,その他機能面の問題があります.

機能面ですぐれた代替として提案されるのが Slack ですが,理科大の場合は Slack アカウントが支給されているわけではないので, 結局は全員が個別にアカウントを登録し,個別に workspace に招待する必要があり,非常に手間がかかります. また,無料版では致命的ではないにせよ機能の制限があるのもネックです.

そこで,理学部第二部数学科の新入生は Microsoft Teams を活用し,全員を一括でチームに追加することにしました(というか僕が勝手にやりました). Teams を使うことの利点は下記です.

  • 多くの企業に導入されておりユーザ数が多い (DAU は Slack の 4 倍です)
  • Microsoft が開発しているため,開発基盤が安定している. Microsoft には世界トップレベルの技術者がわんさかいます.
  • 理科大の Office365 に含まれており,すでに全員のアカウントが存在しており,追加で課金する必要もない
  • 理科大は Office へのログインに MFA を利用しており,セキュリティ的にも安心できる
  • エンジニア向けのツールではないため,コンピュータにくわしくない学生にもやさしい

ただし僕は根性がないので,1人ずつメールアドレスを調べて手動でチームに招待する,というのを,自分以外の新入生 118 人に対して行うのは無理がありました.そこで, powershell スクリプトを使って全員の学籍番号を自動生成し,一括で招待することにしました.

手順

他の学科や他の大学でも参考になると思いますので,ここに手順を書いておきます.環境は windows 10 です. (linux の powershell ではログインがうまくできませんでした)

1. powershell ツールのインストール

ここからは powershell 上での操作になります. ある程度コマンドライン操作に習熟している必要があります. powershell を開いて,下記コマンドを実行します.メッセージが出ますが Y を入力してください. これで, Microsoft Teams 関連のコマンドレットがインストールされます.

Install-Package -Name MicrosoftTeams    

インストールが終わったら, Get-Command -Module Microsoft-Teams を実行して,インストールされたコマンドを確認します. 正常にインストールされていると,次のような出力が得られます.

> Get-Command -Module MicrosoftTeams

CommandType     Name                                               Version
-----------     ----                                               -------
Function        Get-CsBatchPolicyAssignmentOperation               1.0.6
Function        Get-CsUserPolicyAssignment                         1.0.6
Function        New-CsBatchPolicyAssignmentOperation               1.0.6
Cmdlet          Add-TeamUser                                       1.0.6
Cmdlet          Connect-MicrosoftTeams                             1.0.6
Cmdlet          Disconnect-MicrosoftTeams                          1.0.6
Cmdlet          Get-CsPolicyPackage                                1.0.6
Cmdlet          Get-CsUserPolicyPackage                            1.0.6
Cmdlet          Get-CsUserPolicyPackageRecommendation              1.0.6
Cmdlet          Get-Team                                           1.0.6
Cmdlet          Get-TeamChannel                                    1.0.6
Cmdlet          Get-TeamsApp                                       1.0.6
Cmdlet          Get-TeamUser                                       1.0.6
Cmdlet          Grant-CsUserPolicyPackage                          1.0.6
Cmdlet          New-CsBatchPolicyPackageAssignmentOperation        1.0.6
Cmdlet          New-Team                                           1.0.6
Cmdlet          New-TeamChannel                                    1.0.6
Cmdlet          New-TeamsApp                                       1.0.6
Cmdlet          Remove-Team                                        1.0.6
Cmdlet          Remove-TeamChannel                                 1.0.6
Cmdlet          Remove-TeamsApp                                    1.0.6
Cmdlet          Remove-TeamUser                                    1.0.6
Cmdlet          Set-Team                                           1.0.6
Cmdlet          Set-TeamArchivedState                              1.0.6
Cmdlet          Set-TeamChannel                                    1.0.6
Cmdlet          Set-TeamsApp                                       1.0.6

2. ログイン

powershell から teams を操作するには,まずログインする必要があります. ログインといってもブラウザ上での操作ではなく, Connect-MicrosoftTeams コマンドを使います. Connect-MicrosoftTeams と入力して enter を押します. すると,ログインするためのウィンドウが開くので,そこにメールアドレスやパスワード,MFA のコードを入力してログインします. 成功すると, powershell ウィンドウに下記のような表示があるはずです.

> Connect-MicrosoftTeams


Account      : xxxxx@ed.tus.ac.jp
Environment  : AzureCloud
Tenant       : xxxxxxxx-xxxx-xxxx-xxxx-xxxxxxxxxxxx
TenantId     : xxxxxxxx-xxxx-xxxx-xxxx-xxxxxxxxxxxx
TenantDomain : tusedu.onmicrosoft.com

3. チームを作成する

New-Team コマンドでチームを作成します. New-Team と実行するといろいろと聞かれるのでそのとおりに入力します. 例:

> New-Team

コマンド パイプライン位置 1 のコマンドレット New-Team
次のパラメーターに値を指定してください:
DisplayName: 2部数学科2020入学
xxxxxxxx-xxxx-xxxx-xxxx-xxxxxxxxxxxx 2部数学科2020入学  Private     False

ここで,最後の行の左側に表示される長い ID を GroupId といいます. GroupId は今後の操作で必要になりますので控えておいてください.

4. チームに全員を追加

ここでは,学籍番号が連番であることを利用して一括でチームに全員を追加します. 必要な情報は下記ですので事前に準備してください. また,学籍番号が範囲に含まれるユーザはすべて追加されることに注意してください.

  • 追加したい最小の学籍番号 ...(1)
  • 追加したい最大の学籍番号 ...(2)
  • GroupId ...(3)

(1) と (2) の間の学籍番号がすべて存在していなければなりません. 複数の断片化した範囲が対象の場合は,下記の手順も複数回行ってください.

チームメンバーの追加

チームにメンバーを追加するには, Add-TeamUser コマンドを使います. Add-TeamUser -GroupId (3) -User "2120000@ed.tus.ac.jp" のようにすると,学籍番号 2120000 のユーザがチームに追加されます.

これを何十回も手動で実行するのは骨が折れるので,下記のようにループを使って一気に実行します. (1), (2), (3) に適当な値を入れて実行してください.

for ($i = (1); $i -le (2); $i++)
{
 Add-TeamUser -GroupId (3) -User "${i}@ed.tus.ac.jp"
}

5. 全員にお知らせメールを送る

何の連絡もなくチームに追加しただけでは,使ってもらえないかもしれません. 周知するために全員にメールを送ります.

このとき,全員分のメールアドレスも自動で生成しましょう.

for ($i = (1); $i -le (2); $i++)
{
  $addresses += "${i}@ed.tus.ac.jp; "
}

これによって, $addresses にセミコロン区切りの全員のメールアドレスが格納されますので, $addresses と打って enter を押すと評価されて生成されたメールアドレスが取得できます. これをコピーして outlook の宛先欄に貼り付けると,全員を宛先にしたメールを作成できます.

あとは挨拶文を書くなり, teams の紹介を書いたりして,メールを送信しましょう.

在宅勤務でやる気が出ないときの対処

うつの治療から「卒業」して 1 ヶ月半,タイミング悪くコロナが猛威をふるっていて,そのせいか精神状態が悪化してしまい,主治医に助けを求めに行ってきた. 「家から出ないこと」が問題だと思っていたけど,実際は「在宅勤務への取り組み方」に問題があったようなので,ここに診察で学んだ内容をまとめておく. ここで紹介している内容は「僕」というひとりの患者に対して処方されたもので,特性が異なる大勢の人にはアンチパターンになりうるかもしれない.

困っていたこと

  1. 仕事が手につかない.仕事だけでなくプライベートでも意欲がだんだん低下していて,なにも手がつかない状態.
  2. 夜遅くまで「眠らない」.「眠れない」のではなくて,寝ようと思えば眠れるのだけれども,「今日も何もできなかったな」と思うと,だらだらと遅い時間まで起きてしまう.

先生と話しているうちに気づいたけれども,1 と 2 は根本では同じようなことを言っていて,要するに「テキパキ仕事をこなせない自分」を責めてしまって,その結果,意欲がなくなったり,睡眠を削ったりして,悪循環に陥っていた.

「場所」が人を動かす

まず言われたのは,在宅勤務で出社時と同じようなパフォーマンスを出すのは簡単ではないということ.先生は「場所が人を動かす」と言っていた. 出社して場所が変わるから気分も変わって仕事に集中できるのであって,寝食も仕事も同じ場所で過ごしていたらメリハリがなくなって当然だ. これはすでに広く知られていて,たとえば Google の 上手な「在宅勤務」のコツ という記事でも

仕事をする「場所」(と仕事をしない場所)を決める

ことが重要だと紹介されている. これは十分広い家に住んでいれば容易だけれども,僕のように 7 畳の防音の 1K に大量の本と楽器とその他財産すべてを押し込んでいるようなケースでは,どうしてもプライベートな空間で仕事をせざるを得ない.

場所にメリハリをつけられず,完全にプライベートな空間で仕事をせざるを得ないなら,パフォーマンスは落ちるのが自然だ.このことを先生は,「たとえば,小学生の時とか,学校の授業中はちゃんと集中できるけれども,家に帰って宿題をやりなさいと言われるとどうしてもやる気が起きなかったですよね,それと一緒です」と学校の宿題を例に出して説明してくれた.

「今日一日にこなすタスク」よりも「目の前の一時間にこなすタスク」を考える

この状態で「一日にこなすタスク」の計画をいくら綿密に練っても,結局「プライベートモード」から「仕事モード」に切り替えができなければ,なかなか仕事に手を付けられずに一日が終わってしまう.一日の終わりに,大量に積み残された ToDo リストが残る.それを繰り返していると,だんだんと自分の能力を疑うようになり,さらに仕事に取り組むのが難しくなる.しかも僕の特性上,「計画通りに正しい順序でものごとを進める」というのは最も苦手とすることの一つだ.これまで僕が出してきた成果は,いつも「計画」ではなく「強い衝動」から生まれていた.

このとき有効なのが,「時間のメリハリ」だという.勤務時間中ずっと仕事をしていないといけない,と思うととても続かない.一日にこなすべきタスクが複数あったとき,それが高い壁に見えてしまうのもいけない.そこで「一定の時間,ひとつのタスクにだけ集中する」という方法を教えてもらった. やり方としては,最初に取り組むタスクを 1 つだけ選ぶ.そして,たとえば「いまから 1 時間集中して取り組む」というふうに決めて取り掛かる.そしてそのあと休憩をちゃんととる. ここまではよく言われることなのだけど,休憩に対しての考え方が違う.休憩はめちゃくちゃ長くても良いみたいだ.やる気が出ないときなんかは 1 時間仕事したら 1 時間休憩をとっても良いし,そうでないときは 45 分やって 15 分休むとかでも良い.昼休みも,場合によっては 2 時間ぐらい休んでも良い.そのぐらいラクに考えるのが良いそうだ.「小学生の勉強の仕方を思い出してほしいんですが,この問題をやったらゲームを同じ時間やるとか,そういう感覚でやると良いと思います」とのこと.

このやり方で重視するのは,山のように積み上げられたタスクのうち何 % が完了したか,という全体の進捗ではなく,「集中してタスクをひとつこなした」という事実だ.これが 1 日に 1 個できるだけでも,「今日も何もできなかった」というネガティブな評価は消え去る.これが何回も積み重なれば,次第にこなせるタスクの量は増えていき,全体の進捗だったり計画を考慮に入れることも可能になると思う.

まとめ

ポイントをまとめると,

  • 100% のパフォーマンスが出せない自分を受け入れること
  • 「1時間だけ集中する」「1個だけタスクをこなす」ということを重要視する
  • 全体のタスク量を気にしすぎない
  • 休憩は無理に短くしなくても良い

という感じになる.信頼できるお医者さんが言うことなので,信じて実践してみようと思う.

あと大事だと思ったのは,精神科や心療内科はおかしいと気づいたらその日のうちに行くこと.信頼できる医師を見つけておくこと.体の病気も放置すれば悪化するけど,心の病気はもっと怖くて,周囲にわかるぐらい悪化してしまったら本当に大変だ.どれだけ早く軌道修正できるかが大事だ.今回は軽いうちに行ったので,お守りとして弱い薬が数回分だけ出たけれども,大部分はアドバイスをもらって解決した.

うつ患者の私がまとめる神経伝達物質、ホルモン、治療薬、サプリ

私はおととしの 10 月に中等度のうつ状態と診断され、治療を続けています。 うつはもちろん症状がとてつもなくつらいのですが、治療に用いる薬は副作用や依存性が強いものが多く、ただしく付き合うのが難しいです。 幸い私はかなり快方に向かっているので、何かの参考になればと思い飲んだ薬や体験した副作用、効果をまとめていきます。 最近は減薬に伴って(自己責任で)サプリも飲み始めたので、それについてもまとめてみます。 サプリについては、病気じゃないけどなんか元気ないな〜とかそういう感じの人にも参考になるかなと思います。

うつに関係する物質

うつの投薬治療は、関係する神経伝達物質やホルモンに働きかけるものが多いです。 これらの物質の濃度を適切にコントロールすることで治療していきます。 まずは基礎知識として、うつに関わりの深いものについてまとめていきます。

ドーパミン

ドーパミンは神経伝達物質のひとつで、喜びや快楽、意欲、学習などに深く関係しています。 ドーパミンの不足が暗い気分になる、やる気が出ない、集中力がない、などの症状に関係していると考えられます。

セロトニン

感情や生理機能の安定に深く関係しています。ドーパミンやノルアドレナリンなどの感情的な情報をコントロールし、精神を安定させます。 また、メラトニンのもとになります。 うつの治療はセロトニンへのアプローチが鍵になります。

ノルアドレナリン

注意や衝動、闘争、恐怖、興奮などに深くかかわります。交感神経を活性化し、体を活動的にする役割があります。 憂鬱な気分への対処について鍵になります。

メラトニン

体内時計や睡眠に関係します。うつや投薬の副作用による不眠が現れた場合は、メラトニンへのアプローチが重要です。

処方されたことのある治療薬

スルピリド(ドグマチール)

病院で最初に処方された薬です。 ドーパミンにはたらきかけることで、意欲や気分の改善をします。 もともとは胃潰瘍の治療薬として開発されたものなので、安全性は高いです。 また、比較的すぐに効果が出ます。

効果としては、特に意欲の部分が改善されたように感じます。

副作用としては、食物が胃にとどまる時間を減らす作用があるためものすごくお腹がすくことと、高プロラクチン血症を誘発するのでおっぱいが大きくなりました。また、高プロラクチン血症によって性欲が低下しました。

イフェクサー

SNRI といって、セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで脳内での濃度を上げる薬です。 比較的新しく、良い薬のようですが、私の場合は低用量でも副作用が強く、服用を継続できませんでした。 副作用としては昼夜を問わない激しい吐き気と食欲の著しい低下がありました。吐き気が強すぎて夜も眠れませんでした。 SNRI はこのような副作用が出ることが多いですが、体にあっている場合は服用を継続することで慣れるようです。 服用期間が短いため、効果についてはわかりませんでした。

サインバルタ

イフェクサーと同じ SNRI です。他の病気の疼痛の治療にも使われるようです。 これも食欲低下の副作用がありましたが、体が慣れると高用量でも問題なくなりました。 サインバルタの服用を始めてから、だんだんと気分が安定する日が増えていったように感じます。 ノルアドレナリンへの作用が強いので、活発にはなるのですが、その反面夜は眠りにくくなりました。 不眠の症状は、短期的には睡眠薬による対症療法、根本的にはサインバルタを減らすまたはやめることで改善できるようです。

服薬してから血中濃度が安定するまでに時間がかかるので、効果が出るまでに数日かかります。 また、飲み忘れても血中濃度はゆっくりと低下するため、 1 回飲めなかった程度で著しく病態が悪化することはありません。 ただ、血中濃度がそれほど変化しないにも関わらず、「飲み忘れてしまった・薬を減らした」という意識を強く持つことによって、急に悪い症状が出ることがあるので、減薬や飲み忘れの際はあまり深く考えないことも大切です。

依存性がある薬のため、突然の服用中止は非常に危険です。 薬を増やしたり減らしたりする場合はゆっくりと細かい段階を踏みながら、専門医が状態を見ながら慎重に判断すべきであり、勝手に量を変えるのも危険です。

ロゼレム

サインバルタによる不眠の治療のために処方されました。 メラトニンに作用して睡眠の改善を促します。効果はソフトですが、かなり安全な薬です。私の場合は効果がありませんでした。

ベルソムラ

ロゼレムの次に処方された薬です。これも安全な薬ですが、効果はソフトです。効きませんでした。

フルニトラゼパム

いわゆるベンゾジアゼピン系の睡眠薬です。 ベンゾジアゼピン系睡眠薬の中でもかなり強力な薬で、一瞬で眠れます。 効果が非常に強力で使い心地がよいため、超短期的に、あるいは頓服的に、どうしても眠れなくて睡眠不足で困っているときのみ使用すべきです。 漫然と使用するとやめられなくなるリスクが非常に高いです。 私は生活習慣の改善やサインバルタの減薬と合わせて、低用量を週に 2 〜 3 回頓服的に使用し、現在は服用をやめました。

レイプドラッグとして有名でアルコールとの併用が非常に危険な薬のため、取扱には注意が必要です。 海外では所持自体が罪になることもあるようです。 外見は白い錠剤ですが、内部は濃い青の着色がされていて、飲み物に混入した場合に気づきやすいように工夫されています。

一番小さい錠剤は 1mg ですが、強すぎる場合は半分に割って飲みます。 割るときは、中央に線が入っているので、スプーンの裏の中央に当てて、両端を親指で押すようにすると簡単に割れます。 割ると中身が真っ青でびっくりしますが、上述のとおりそれが正常です。

サプリ

摂取したサプリも紹介します。私は自己責任でやっていますが、うつの治療中は治療の妨げになったり、副作用が出現することもあるため、医師に相談することが望ましいです。

GABA チョコレート

睡眠の改善をうたっていますが、そもそも GABA は経口摂取をしたところで血液脳関門を通過できないため、プラシーボ以上の効果はないようです。 通常のチョコレートと同様に、チョコレートとしての精神への効能はあると思います。

トリプトファン

海外ではうつの治療に使用されることもあるようです。 セロトニンやメラトニンの前駆体として重要ですが、食事からは少量しか摂取できないようです。 飲み始めてから減薬もあまり苦ではなくなり、睡眠も改善されてきたように感じます。 高用量の SSRI や SNRI を使用している場合、セロトニン再取り込み阻害作用との相乗効果でセロトニン濃度が上がりすぎ、セロトニン症候群になる可能性があるようなので注意しましょう。

肝臓エキス + オルニチン

これは神経伝達物質やホルモンへの影響はあまりないと思いますが、うつの治療薬は肝臓への負担が大きいために服用しています。 飲み始めてからまだ血液検査をしていないのですが、目覚めがすっきりし、だるさもなくなったような感じがあります。

亜鉛&マカ

性欲の低下や活力に効果がありました。 女性の場合はどうなのかわからないです。

チロシン

ドーパミンやノルアドレナリンの産生にかかわります。 飲み始めて日が浅いですが、同時にドグマチールの服用も減らしており、減薬の影響を抑えられているように思います。 ドグマチールのせいでお腹が空きやすくかなり太ったので、チロシンを摂取することでドグマチールを辞められたらいいなと思っています。

さいごに

うつの治療は薬だけに依存せず、習慣や食生活、環境の改善、十分な休息(休息については、最初は過剰と思えるぐらいが良いと思います)、考え方や人生観の見直しを並行しておこなうことでうまく行きやすいと思います。 薬の服用は怖いですが、無理に減薬すると結局悪化して全体でみるとかえって長い治療期間がかかったり、病状がさらに悪くなることもあるので、医師とこまめに相談しましょう。 また、医師との相性もかなり重要なため、信頼できる医師を探すことも重要です(ゆうメンタルクリニック 上野院の石黒先生はすごく私にとっては良かったです。金曜日しかいらっしゃらないので予約は取りにくいと思いますが)。 思いつめ過ぎず、一度休職・休学や時短勤務等をして、思い切って休息や遊びに振り切ることも非常に大切です。

2019年をふりかえって。ピアノをやめた。

今年も無事終わりそうなので振り返ってみます。

2019 年、26 歳になって、生まれて初めてピアノをやめました。今まで見ていた世界が全部崩れて、新しい世界に出会ったみたいです。

赤ちゃんのころから音の出るおもちゃが好きで、耳が良かったのか歌もすぐ覚えるし、まだ立てるかどうかのときから、知らない大人ともペラペラ喋っていたそうです。 4 歳のころ、保育所の先生の猛烈な後押しに両親が説得されてピアノを習い始めました(父親は、男にピアノなんて、と反対したそうです)。 それから 26 歳まで、ぼくの人生にはつねに音楽が溢れていました。 大切なことは全部音楽が教えてくれました。音楽がない人生なんて考えられませんでした。

最初、練習することなんて知りませんでした。 実家は田舎の漁師で裕福な家庭ではなかったので、ピアノは買ってもらえず、どこからか譲り受けてきた古いオルガンを与えられました。 ぼくにとって、オルガンは練習するための楽器ではなく、最高に楽しい遊び道具でした。 家ではレッスンで与えられた曲は一切練習せず、好き勝手に弾いていたようにおもいます。 知らないうちに絶対音感というものがついていました。いまでも、楽音はほとんどすべてドレミで聞こえます(シャープやフラットに関してはすこし濁ったようなイメージで入ってきます)。 教本にのっている曲で、聞いたことのある曲なら練習しないで弾けました。 そうでない曲は、先生がレッスンでお手本を弾いてくれるので、それを聴いて覚えて弾きました。

オルガンはかなり古かったので、小学校に上がる前に壊れたとおもいます。 次は、小さい鍵盤が光るキーボードが家にやってきました。 キーボードはこれまたぼくの新しい遊び道具になりました。よくエレクトーンごっことか、木琴ごっことかをしていました。

そのうち、(どうやって習ったか覚えていませんが)少しずつ楽譜が読めるようになりました。 楽譜が読めるようになると、ピアノに触らなくても、頭の中で楽譜通りの音を再生できるようになりました。 そんなこんなで初見でも勝手に指が動くような状態になり、中学校に上がるぐらいまでは練習なんてほとんどしませんでした。 レッスンで初見で弾いてちょっと直されるか丸をもらって帰ってくる、というのがふつうでした。 小学生のとき(時期は覚えていない)両親は金銭的な悩みもあったでしょうが、一番安い中古のアップライトを買ってくれました。 楽器としては決してスペックがよいとはいえないピアノでしたし、音色もあまり良いものではありませんでしたが、それでも、初めて買ってもらった生の楽器には、思い出がたくさん詰まっています。

中学生にもなると、古典のソナタやバッハの勉強に入って、さすがに初見ではつらくなり家で練習するようになりました。 練習の楽しさがわかると、もっと勉強したいとか、そんなふうに思うようになりました。 他に特別な取り柄もなかったので、人に認められる手段として、音楽以外考えられなくなっていました。 中学校後半になると、変声障害によって人と話すのが嫌になりました。 毎週遊んでいた友達とも疎遠になりました。 そんなとき、感情をぶつける唯一の相手はピアノでした。 このときから、どんどん音楽にのめり込み、ピアノだけがぼくの唯一の理解者となっていました。

中学を卒業する頃のぼくは、それなりに賢明な選択をしました。 まじめに頑張って勉強すれば就職して食べていけることがほとんど保証されているような、釧路高専に入りました。 声のこともあって、音大に行きたい、ピアニストになりたいなんて夢はそっと殺しました。 歌の試験があることぐらい、中学生のぼくでもわかっていました。

高専に入ってから、少ないながらも友達はできました。 でも、遊びには参加しませんでした。意図的に深くかかわらないように逃げました。カラオケが嫌でした。歌うのも嫌だし、気を遣われるのも嫌でした。 寮にも部活にも入っていなかったので、人とのつながりは最低限のものでした。

吹奏楽、というのはなんとなく聞いたことがある言葉、ぐらいのものでした。 母親や叔母が学生時代にやっていた。高校の時の先生がなんとか先生っていう有名な先生だった。とかそのぐらいの認識でした。 入学当初はスルーしていましたが、夏の吹奏楽コンクールまで 1 ヶ月切った頃でしょうか。 ミス・サイゴンを演奏するのに、あの印象的なピアノを弾く部員がいないようでした。 部活の掲示板に「ピアノ急募!!」と書かれているのをみました。 そこで、思い切って吹奏楽部に入りました。

吹奏楽部に入ってから、とりあえず人手のたりない打楽器に配属されました。 とにかく練習しました。先輩たちや同期はみんな優しく接してくれました。 音楽の力で、人とつながるという経験をしました。 みんなでひとつの音楽をつくりあげる楽しさも知りました。 頑張っていれば、周りが助けてくれる、ということも学びました。 集団で生きることの難しさも学びました。

音楽の面でも大変な学びを得ました。 顧問の先生は素晴らしい先生でした。音楽に情熱をもち、音楽を深く学ぶことの楽しさを教えてくれました。 毎年、冬になるとソロコンテストの伴奏をしていました。 ここでは、ふだんのピアノのレッスンでは触れることのできないフランスの現代曲なんかにも触れることができました。

どんどん音楽が好きになりました。

でも、どんどん音楽の世界に閉じ込められていきました。

高専に在学中、金銭的な問題から、ピアノをやめるように両親に何度も言われました。 ピアノを辞めることは、当時のぼくにとって、声を奪われるのと等しい苦痛でした。 泣いてしがみついて続けさせてもらえるように頼みました。 今思えば、両親としては、金銭的な理由以外にも、音楽に依存してしまったぼくを外の世界に出したい、というのもあったのかもしれません。

高専での 5 年間はあっという間に過ぎていきました。 卒業式では泣きました。 就職したら音楽がいままでのようには続けられないということはわかっていました。

2013 年に就職してから、少しだけ音楽と距離ができました。 それでも、中古の安い電子ピアノを家に置いて毎日弾き(苦情が来ました笑)、週末にはレッスンに通いました。 作曲の先生を紹介してもらって、作曲の指導も受け始めました。 音大も目指しておらず、ただ好きでやっているだけだから、という理由で、作曲のほうはレッスン料なしで、和声や対位法や作曲についてたくさん教えていただきました。 作曲をしたり、それを発表したり、高専時代の同期(フルートが上手な女の子でした)といっしょに演奏活動をしたりするうちに、どうしても東京でピアノを頑張ってみたい、という気持ちになりました。

生活を徹底的に切り詰め(ごはんが 1 食りんご半分だったり、ごはんに醤油をちょっとかけただけだったりしました)上京資金を 150 万円ほどためたぼくは、 2 年半勤めた会社を辞め、2015 年の秋に東京にやってきました。 東京にやってきたぼくは、 IT エンジニアとしての就職先(現在の職場)を見つけるやいなや、まず防音マンションの契約料に 30 万円ほど、のこりの 120 万円は全額グランドピアノの購入資金にあて、家具の購入は必要最低限に抑えてリボ払いでなんとかしました。 今考えたら狂っています。

上京前にピアノの先生も見つけていたぼくは、上京後すぐにレッスンに通い始めました。 東京でのレッスンは、いままでうけてきたものとは質がちがいました。 1 時間のレッスンで数小節も進まない、そんなレッスンをはじめて経験しました。 コンクールにも参加して、最初の年は全国大会に出場しました。 このことが、のちのちプレッシャーになっていきます。

上京後の生活は決して楽ではありませんでした。 厳しいレッスン、慣れない仕事、決して高くない給料、ピアノの維持費、防音マンションの家賃、レッスン代やコンクール、演奏会の参加料。 いつもギリギリで生活していました。

ある日、本番で失敗をしました。その年、全国大会にはいけませんでした。 ふっと、糸が切れました。 金銭的にも精神的にも肉体的にも、すべてが限界でした。 病院に行くと、中等度のうつ状態と診断されました。 そのときからピアノはおやすみしますと伝え、会社も休職することになりました。 2018 年末のことでした。

休職中は実家に帰りましたが、北海道では心療内科が十分になく、転院がままならない状況だったので 2 週間に 1 度上京していました。 このころ、ピアノはほとんど触りませんでした。 2 ヶ月ほどたって、回復したぼくは職場に復帰しました。

このとき、気づいてしまいました。ピアノを弾かなくても生きてていいんだって。

2019 年春のある日、整体に行きました。 首がものすごく歪んでいるとのことで、骨格の調整をされました。 直接の関係はわかりませんが、この頃から、以前に増して声の違和感がありました。 でも、なんだかちょっとずつ低い声が出るようになって、気づいたら普通の声になっていました。

気づいたら、あらゆることを自由に表現できる声を手に入れていました。 長年身につけていた重い鎖がほどけて落ちていきました。

そこから、音楽に対する情熱が一気に失われました。 声が出るのに、ピアノを弾く意味がわからなくなりました。 またピアノを弾いて、追い詰められるのが怖くなりました。

そうして、 2019 年はほとんどピアノを弾かずに過ごしました。

嫌いになったわけではありません。ただ、必要がなくなってしまいました。 これまではずっと、生きるためにピアノが必要でした。でも、ピアノがなくても生きられるようになってしまいました。

今はまだ、ピアノを弾く意味を見つけられていない状態です。 これから長い年月をかけて、少しずつ音楽に向き合って、情熱を取り戻していけたら。。そんなふうに思っています。